記憶喪失
――勘太郎が、記憶喪失になった。
「…春華っ!」
俺が飛べることは、とっくの昔から知っているくせに。
わざわざ出てきて、俺をかばって――落ちたせいで。
「勘太郎っ!!」
呼ぶと同時に、俺は崖に向かって急降下する。
そしてすぐに地面に横たわっているのを見つけ、俺はめずらしくも少し焦りながらそれに近付いた。
「勘太郎っ」
慌てて体を起こすと、勘太郎は少しうなった後、目を開いた。
「…大丈夫か?」
とりあえず聞いてみると、勘太郎はまた小さくうなってから、ありえない言葉を発した。
「きみ…誰…?」
「……勘太郎……?」
「…うん。そうだけど…?」
……ボケてるのか、こいつは?
だが、頭を打ったのか血が滲んでいたから、このままにしておくわけにもいかず、
とりあえず家まで運ぶことにしようと勘太郎を抱える。
「えっ!?きみ、飛べるのっ!?」
浮いたときにそんなことを言っていたが、…気にしないことにする。
「勘ちゃんっ!?」
頭についている血を見て、ヨーコがいつも以上に甲高い声をあげた。
「ど、どうしたの!?」
俺に説明を求めようとするが、それよりも先に勘太郎が
「きみも、僕の知り合い…?」
…また変なことを言った。
見ろ。ヨーコも不思議がっているじゃないか。
「ど、どうしたの?勘ちゃんっ…?」
小声で俺に言ってくるが、俺にも何がなんだかわからない。
むしろ、わかるはずがない。
「…ねぇ。これって、もしかして俗に言う…記憶喪失――?」
「……は?」
ヨーコの言葉に、俺はつい、そんな声を出してしまった。
…記憶喪失…?こいつが記憶を失っている?まさか…と言いたいが、たしかにそうなのかもしれない。
もしそうだとしたら、今までのことも納得できる。
「勘ちゃん…私の名前、わかる…?」
恐る恐る、ヨーコが聞いた。
名前がわからなかったら、本当に記憶を失っているんだろう。
自由になれるはずなのに、どこかでそれを拒んでいる。
理由を聞かれても、わからないが。
勘太郎は少し考え込んで、しばらくしてから口を開いた。
「…ごめん。たぶん、わからない」
「……そっか…」
ヨーコがそう言ってからしばらくして、電話が鳴った。
「あ、電話…」
「か、勘ちゃんはここにいてっ!私が出るからっ」
さすがに今の勘太郎を出させるわけにもいかず、ヨーコがいつも通りに電話に出た。
「………どうしよう」
戻ってきたヨーコはその言葉を何回も繰り返していて、見ているとけっこう不気味だ。
「…春華ちゃん、どうしようっ」
「……誰からだったんだ?」
…まあ、この様子からだいたい想像はつくが。
「締め切り…明日だってっっ」
「締め切り?」
あいつも何かと引き延ばしてたから、そろそろ限界なんだろう。
書いてるやつがこんなことになっているのに、どうやって書くんだ?
「…ふふふふ…」
…今、ヨーコがやけに恐く見えたのは、俺の気のせいか…?
「勘ちゃん、あのね――」
しばらくヨーコが勘太郎に説明(説得)して、勘太郎はすんなりと納得したらしく、話し終わったとたんに俺の方に来た。
「春華くんっ、ちょっと手伝って!!」
いきなり呼ばれ慣れない名前で呼ばれて連れて行かれたのは、いつも資料集めをしている蔵。
ヨーコの説明には、俺がこき使われて資料集めをやらされているというものではなく、勘太郎が自分から進んで資料集めを
するという、完全にいつもこき使われている分の仕返しが含まれていたりする。
俺が蔵の書物に詳しいのも、実はそのせいだったりするが、いちいち書物を出して勘太郎に渡すのも、正直面倒な話だ。
だから、俺もヨーコと同じように、少し仕返しすることにした。
「俺はお前の読みたい書物のある場所を言うから、自分で取れよ」
「わかった。じゃあさっそく――」
今の勘太郎は、いつもより数倍はマシな性格のようだ。
記憶が戻らなくてもいいから、当分はこのままでいてほしい。
勘太郎は数冊まとめて持ってきて、何かを調べだした。
「…春華くん!」
呼ばれたと思って顔をあげたら、目の前には紙の束が置かれている。
「原稿用紙がどれだかわからなかったから、これに書いてみたんだけど…」
…書き上げたのか?たった数時間しか経っていないのに?
顔に出ていたのか、勘太郎は苦笑している。
「これでいいのかなぁーって思ったんだけど」
「…勘太郎、しばらくはこのままでいろ」
とりあえず、勘太郎が書き上げた物をヨーコに渡した。
「勘ちゃん。しばらくこのままでいて」
ヨーコは勘太郎の肩を軽く叩いて、しみじみと言った。
勘太郎自身は記憶喪失になったという自覚はないようで、いつも苦笑しているが。
…勘太郎の記憶喪失は相当なものらしく、外に出たら出たで、どの店が違う、この道はなかった、としきりに言っていた。
勘太郎もけっこう楽しんでいるみたいだから、別にかまわないが。
「勘ちゃん。今日の晩ご飯は何がいい?」
「何でもいいよ。ヨーコちゃん」
記憶喪失をしてから数日が経った。
…実を言うと、そろそろ何かと勘太郎に押し付けるのも飽きてくる。
毎日の食事はほとんど勘太郎がうるさく言っていたものが出ていたが、今の勘太郎はそれさえ言わない。
だから、毎日ヨーコが食べたい物を優先に出てくる。
…それもそろそろ飽きてきたが。
「――ごちそうさまでした」
食べ終わって、片付けをする。
今日の片付けは、勘太郎だ。…というか、一回やってみたら楽しかったらしく、ここ最近は毎日だったりする。
「さーてと。洗いますかっ」
しっかりと腕まくりをして、勘太郎は食器を洗い始めた。
最初は危なっかしくて見てられなかったが、最近はちゃんと皿などを重ねて置けるようになり、俺の茶碗もまだ無事だ。
…だが、今日は違ったらしい。
最後に俺の茶碗を洗おうと手を伸ばした。それまではよかった。
「あれっ…」
どこにつまづいたのか、勘太郎は後ろに倒れてきた。
「俺の茶碗っっ」
俺は勘太郎よりも先に、茶碗の方を優先した。
「ぃたっ!!」
茶碗の無事を確認すると同時にそんな声が聞こえて、俺はその声がした方を向いた。
「勘太郎、大丈夫か?」
とりあえず聞いてみる。
「…はぁ〜るぅ〜かぁ〜?」
「ぅわっ」
いきなり足をつかまれて、そんな声をあげてしまった。
「今までヨーコちゃんと二人で、この僕にいろいろとしてくれたよねぇ?」
…黒い。ということは、ここにいるのはいつもの勘太郎かっ!?
「おまけに、僕にあのままでいろ、って言ってたかなぁ?」
「かーんちゃんっ!ちょっとお使いを…あれ?どしたの?」
…教えた方が…いいのか?
「ヨーコ」
「ん?どしたの、春華ちゃん」
「実は…」
小声で教えたら、ヨーコは見事に固まった。
「さぁてとっ、僕の記憶がなくなっている間のコト、どう説明してもらおうかなぁ?」
「っ!!」
営業スマイルとやらで言われたそれに、俺も数秒間固まった。
そしてこれから、俺たちに悪夢が訪れることとなる――。
E N D
アトガキ。
いかがでしたでしょうか? というか…tacticsを知っている人はいるのでしょうかっ!?(笑)
かなりマイナーな気も…。(汗)
今回は春華の一人称で頑張ってみました!
ヒマなときにでも書こうと思いますっw
